楠原由祐子ブログ

リンゴ (楠原)

赤く色づくリンゴが旬を迎えました。

長野市津野の畑です。

この光景が戻るまでに、たくさんの涙がありました。

去年10月台風19号による千曲川の堤防決壊で、長野市長沼地区は

広い範囲にわたり、浸水被害を受けました。

長沼地区には、4つの地域があります。穂保・大町・赤沼、そして津野。

津野は、決壊現場からわずか数百メートルの場所にある、小さな集落です。

私は、去年の11月、ここでリンゴを栽培する一人の女性と出会いました。

自宅は、全壊。被災から1年たった今も、母屋はまだリフォームが出来ていません。

被災後、自宅の片づけと共に、取り掛かったのが、農地の復旧です。

泥が堆積し、どこからともなく流れ着いた災害ごみ。

「ゆうこさん、ちょっとここ見て、本当にひどいの…」

そう言って案内された先には

木製の棚?タイヤ?テレビ?

リンゴの木に複雑に絡み合う、よくわからないコードや畳。

それでも、何とか踏ん張って、根を張っている木が、健気で、切なくて。

すさまじい光景を目の当たりにして、彼女は「諦めたくない」と、涙を流しました。

台風が直撃したのはちょうど「ふじ」の収穫シーズンです。

あの日から、毎日毎日、災害ごみと泥出し。来る日も来る日も。

木には、どんどん赤く色づき、食べごろを知らせる実がなったままです。

農家らしい仕事は何一つできず、

次第に、リンゴは腐っていきます。

その光景を毎日横目に見ながら、それでも復旧を優先しなければいけないもどかしさ。

悔しかったと思います。

 

普段何気なく食べているリンゴですが、1年をかけて、手間暇をかけ育てます。

お恥ずかしことに、私は、この手間と暇がどれだけのものか、

彼女に出会うまで知りませんでした。

花が咲けば、何十本もある木の、何百とある花一つ一つに、授粉作業をします。

綿のようなもので、ぽんぽんぽんって。

実がなれば、実を大きくするための摘果。

そして、葉摘み。実に太陽の光を当て、色づきを進める最後の仕上げです。

1本の木の葉摘みに、半日かかるんです。すべて手作業。

手をかければ植物は応えてくれるから、その労力は惜しまないと、彼女は言います。

それもこれもすべて喜びの収穫のため。でも、去年は、一瞬で水の泡になりました。

 

泥出しが終わったのは、半年後。春です。

水害の影響が心配されましたが、なんとか、今年も実をつけていました。

津野らしい景色。

ふじより先に収穫を迎えた「秋映」。蜜が入り、甘くて、香りがよくて、とってもおいしい!

畑に向かう彼女の足取りはとても軽やかで、出荷に大忙しだけど、

リンゴを触れている喜びをかみしめているようでした。

 

台風から1年。節目節目と言いますが、ここに節目はありません。

生活は節目なんてなく、ずっとずっと続いています。

被災者とマスコミとしてではなく、彼女とのご縁も節目なく、ずっとずっとこれからも大事にしたいなと思います。

 

去年出荷できなかったふじは、もうすぐ旬を迎えます。

今年の秋は、私にとっても、特別です。