
諏訪大社秋宮の隣りに、天然氷のスケート場「秋宮スケートリンク」があります。この場所で、※日本初のフィギュアスケート大会とアイスホッケー競技、さらにカーリング大会が開かれました。それに先駆けて、下諏訪町の町工場で「下駄スケート」が考案され全国に普及しました。まさしく、諏訪地域から日本のスケート競技が始まったと言えます。今回、諏訪地域の“スケート文化”を調査し、その歴史に裏付けされた“スケート愛”に迫ります。
茅野市在住、89歳の丸茂伊一さんは、このたび、「世界最高齢スピードスケーター」としてギネス世界記録に認定されました。(88歳337日 2018年3月4日現在)「最低でも90歳までは続けたい」とさらなる記録更新に意欲を見せています。そこで、ギネスが認定した滑りを拝見。スケート初心者の萩原アナウンサーの独自の滑りも見ものです。
下諏訪町の飾り職人だった河西準乃助は、旧制諏訪中学の学生から依頼を受け、1906年、外国製スケート靴を模して下駄の底に鉄製の刃を付けた「カネヤマ式下駄スケート」を作りました。それから下駄スケートは全国に普及していきました。

秋宮スケートリンクでは、地元小学校の体育の授業も行われています。下諏訪町の日本電産サンキョーは、その体育の授業にスケート講師として元五輪選手を派遣しています。小学生がトップスケーターの滑りを目の当たりにできるのは、ここならではのスゴヂカラです。日本電産サンキョーには、3人の金メダリストを輩出したスケート部があります。小学生から高校生を対象にした独自のスクールに密着します。
出典「みすゞかる・信濃の国 カーリング文化史 2015年8月31日発行」(平成27年度長野県地域発元気づくり支援金活用事業)および「諏訪湖博物館・赤彦記念館」
秋宮スケートリンクで行われた日本初の競技および大会
- 1922年フィギュアスケート大会開催
- 1923年アイスホッケー競技開催
- 1937年カーリング競技開催