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「長野空襲」を語りつぐ 経験者と高校生が訴え

終戦からまもなく81年です。「長野空襲について語る集い」が開かれ、経験者や家族が、後世へと思いをつなぎました。


■会津正治さん
「すぐ頭の上をアメリカの飛行機がバーっと… そのまま長野駅の方向行って…それで爆撃していた」

そう語るのは長野空襲を経験した会津正治さん89歳。
当時小学3年でした。
自宅は長野駅前で呉服店を営んでいましたが強制疎開の命令があり市内の別の場所での生活を余儀なくされたといいます。

■会津さん
「ここからここまで全部強制撤去ですね、住んでいる人はみんな疎開させられちゃって、うちがここなんですけどここにあった建物は全部無くなっちゃった」

長野空襲があったのは81年前のきょう。
1945年8月13日―終戦の2日前のことでした。
早朝から夕方にかけて長野市にあった飛行場や長野駅周辺がアメリカ軍の標的となり、住民や兵士、合わせて47人が亡くなったとされています。

主催した伝田豊美さんは長野空襲を知らない世代が増えている事への危機感を露わにします。

■長野空襲を語り継ぐ会 伝田豊美代表
「自分の地元で起きた戦争、歴史的な事実を知らないとそれで大人になっていく。それは駄目だと思うんですよね。同じ長野の地でかつてはそういうことがあったんだよ、とそこをどうやってつないでいくのかが課題」

その思いを受け止めるように市内の高校生も力強く訴えました。

■長野西高校2年 松本琴葉さん
「一番大事だと思うことは風化させないこと。今を生きる私たちが過去と未来をつなぐ役割があると感じました」

松本琴葉さんは、自宅が、空襲の場所に近いことから興味を抱き長野空襲について調べ、記憶をつなぐ活動をしています。

■松本さん
「こうやって集まることにすごく意味があると思うし、やっぱりこれはなくしてはいけない」

長野空襲を語る集いは1985年から開かれていて今回で41回目。過去を伝え…未来へとつなぐ取り組みは、これからも続きます。