沖縄の若者が信州へ 戦争遺跡を訪ね平和の誓い
沖縄の若者たちが7日、長野市の松代大本営地下壕を訪れ、平和学習を通して信州への理解を深めました。
■沖縄から
「寒いです。沖縄と30度くらい違いますね」
一行が訪れたのは長野市松代町。本土決戦に備え、極秘で建設が進められた戦争遺跡、松代大本営地下壕です。
見学会は長野県と沖縄県の交流連携協定に基づく若者交流プログラムの一環で、地域の魅力や歴史を学び合い、未来の地域づくりを担う人材を育てる取り組みです。
■松代大本営地下壕平和ガイド 中瀬将史さん
「ここに削岩機のロッド機械の一部が刺さったまま残っている。これは当時のものですね。発破をすると100m、200m岩が飛んでくる。発破は命がけなんですね」
当時、工事には1日あたり1万人の作業員が関わり、約7割が朝鮮人労働者でした。
■松代大本営地下壕平和ガイド 中瀬将史さん
「(元労働者の証言)発破の音が聞こえたから行ってみたら、人の体がバラバラに散っていた。一人どうしても頭が見つからない。岩をどけたときにあったので、持ったらスポンと抜けた『人の頭は重いんだな』と言っていたくらい」
この工事で亡くなった朝鮮人労働者の数は分かっていません。松代大本営の地下壕は、政府省庁の役人の執務室にする計画で工事が進められました。
そして、地下壕の工事が続くなか、沖縄では地上戦が始まります。本土決戦のための時間稼ぎとされた沖縄戦。県民の4人に1人が命を落としました。
■沖縄の会社員(39)
「沖縄のガマ(壕)に入ったときを思い出したが、ガマは足元も悪かったし、狭くて水もびちゃびちゃだった状況と違うなと感じました」
■沖縄の会社員(27)
「沖縄にいると沖縄のことしか見ていなかった。全部は地続きにつながっていることを思うと、他県のことに関してもみていかなきゃいけない」
長野と沖縄。遠く離れたふたつの地域は戦時中、「本土決戦」という一つの計画のもとで間接的につながっていました。
若者たちはその歴史と向き合いながら、平和の意味を受け止めようとしています。
■沖縄から
「寒いです。沖縄と30度くらい違いますね」
一行が訪れたのは長野市松代町。本土決戦に備え、極秘で建設が進められた戦争遺跡、松代大本営地下壕です。
見学会は長野県と沖縄県の交流連携協定に基づく若者交流プログラムの一環で、地域の魅力や歴史を学び合い、未来の地域づくりを担う人材を育てる取り組みです。
■松代大本営地下壕平和ガイド 中瀬将史さん
「ここに削岩機のロッド機械の一部が刺さったまま残っている。これは当時のものですね。発破をすると100m、200m岩が飛んでくる。発破は命がけなんですね」
当時、工事には1日あたり1万人の作業員が関わり、約7割が朝鮮人労働者でした。
■松代大本営地下壕平和ガイド 中瀬将史さん
「(元労働者の証言)発破の音が聞こえたから行ってみたら、人の体がバラバラに散っていた。一人どうしても頭が見つからない。岩をどけたときにあったので、持ったらスポンと抜けた『人の頭は重いんだな』と言っていたくらい」
この工事で亡くなった朝鮮人労働者の数は分かっていません。松代大本営の地下壕は、政府省庁の役人の執務室にする計画で工事が進められました。
そして、地下壕の工事が続くなか、沖縄では地上戦が始まります。本土決戦のための時間稼ぎとされた沖縄戦。県民の4人に1人が命を落としました。
■沖縄の会社員(39)
「沖縄のガマ(壕)に入ったときを思い出したが、ガマは足元も悪かったし、狭くて水もびちゃびちゃだった状況と違うなと感じました」
■沖縄の会社員(27)
「沖縄にいると沖縄のことしか見ていなかった。全部は地続きにつながっていることを思うと、他県のことに関してもみていかなきゃいけない」
長野と沖縄。遠く離れたふたつの地域は戦時中、「本土決戦」という一つの計画のもとで間接的につながっていました。
若者たちはその歴史と向き合いながら、平和の意味を受け止めようとしています。