中野市で満蒙開拓団殉難者の慰霊法要
81年前の8月25日。旧満州で集団自決に追い込まれた満蒙開拓団の慰霊法要が中野市で営まれました。
中野市東山公園に建つ慰霊塔の前で営まれた法要には地元の高校生や自治体関係者など34人が出席しました。
戦時中、長野県からは満蒙開拓団員として3万3000人余りが満州へ渡りました。
旧下高井郡の住民を中心とした「高社郷開拓団」のおよそ700人は、終戦直前に参戦したソ連から逃避行を続け、81年前のきょう8月25日、500数十人が集団自決に追い込まれました。
■「高社郷開拓団」の一員だった・滝澤博義さん(92)
「逃避行の末、追いつめられて佐渡開拓団跡で終戦も知らず自殺をいたしました。無念の自殺です」
滝澤博義さん92歳。
開拓団の一員として家族とともに旧満州に入植し集団自決で幼い弟と妹を亡くしました。
当時、11歳でした。
■滝澤博義さん
「いつ殺されるか分からないという状況で当時は誰しも自決を覚悟していたような感じがします。戦争しないで済むような世の中になっていけばいい」
地元・中野西高校の生徒が戦争の記憶を受け継ぐ決意を述べました。
■中野西高校2年芋川琥博さん
「今度は高校生である私たちが語り継ぎ教えていく必要があります。平和な日々を過ごしたかった彼らの気持ちに寄り添い死や意思を無駄にしないために」
■滝澤博義さん「ありがとうね、しっかりまた引き継いでよろしくお願いします」
平和への願い。次の世代へと託されました。
中野市東山公園に建つ慰霊塔の前で営まれた法要には地元の高校生や自治体関係者など34人が出席しました。
戦時中、長野県からは満蒙開拓団員として3万3000人余りが満州へ渡りました。
旧下高井郡の住民を中心とした「高社郷開拓団」のおよそ700人は、終戦直前に参戦したソ連から逃避行を続け、81年前のきょう8月25日、500数十人が集団自決に追い込まれました。
■「高社郷開拓団」の一員だった・滝澤博義さん(92)
「逃避行の末、追いつめられて佐渡開拓団跡で終戦も知らず自殺をいたしました。無念の自殺です」
滝澤博義さん92歳。
開拓団の一員として家族とともに旧満州に入植し集団自決で幼い弟と妹を亡くしました。
当時、11歳でした。
■滝澤博義さん
「いつ殺されるか分からないという状況で当時は誰しも自決を覚悟していたような感じがします。戦争しないで済むような世の中になっていけばいい」
地元・中野西高校の生徒が戦争の記憶を受け継ぐ決意を述べました。
■中野西高校2年芋川琥博さん
「今度は高校生である私たちが語り継ぎ教えていく必要があります。平和な日々を過ごしたかった彼らの気持ちに寄り添い死や意思を無駄にしないために」
■滝澤博義さん「ありがとうね、しっかりまた引き継いでよろしくお願いします」
平和への願い。次の世代へと託されました。