新聞に乗らない内緒話

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コラム

6月の、「長嶋茂雄」もどき

 平日、日没間際。場末の、安酒場の自動ドアがよろよろと開いて、2人組が店内に入ってきた。何も珍しい風景ではないのだが、そのうちの1人、紳士然とした風体に目を奪われる。
 白地に薄緑の大柄チェック、糊のきいたボタンダウンシャツの上には薄手の、真っ白いベスト。Vゾーンの、細身の黒ネクタイはグレーのラインが斜にあしらわれ、なかなかのオシャレである。
 茶の、細いフレーム眼鏡をかけ、白いものが多少目立つが、キッチリたくし上げたオールバック。菜っぱ色の、作業着ばかりがはびこるこの店では場違いな、まさに〝上物〟だ。
 それはともかく、この御仁、どう見ても「長嶋茂雄」なのである。
 〝ご本尊〟よりはひとまわり小柄で、ちょいと痩せてはいるが、出がけに入れ歯をうっかり忘れた感じの「長嶋茂雄」。例の、かん高い口調の、なかなかの饒舌はひとしきり愛敬を振りまいていたが、帰り際、相方との飲み代をしっかり割り勘(1000円)にして帰っていったから、やっぱり「長嶋茂雄」ではなかったのかも知れない。
巨人は5月2日、6月4日のイースタン・リーグ巨人対ロッテ戦(佐倉)に、長嶋茂雄終身名誉監督(81)が来場すると発表した。これまでの「岩名運動公園第一野球場」が「長嶋茂雄記念岩名球場」としてリニューアルされたことを記念して行うもの。背番号「3」のユニホームを着用して、始球式の打席に立つ。
 この記事は5月下旬に書いているから、皆さんの目に触れるころにはこの6月の、イベントも終わっていることだろう(梅雨時期の、雨中止にならなければよいが)。
 そういえば、6月といえば思い出す。1959年(昭34)6月25日は昭和天皇が試合を観戦する日本プロ野球史上初の天覧試合であった。後楽園球場で行われた巨人対阪神戦は4対4で9回裏を迎える展開となる。延長戦となれば昭和天皇の日程に影響が出かねない。
 その矢先のサヨナラホームラン、もちろん主役は「長嶋茂雄」。その勝負強さはのちのちまで語り継がれ、プロ野球隆盛のさきがけとなった。王貞治もこの日ホームランを打っており、これがON砲初のアベックアーチでもあった。
 ついでに付記すればこの年、親交のあった石原裕次郎が長島応援歌「男の友情背番号3」をリリース(ご存知か)、「男、長嶋イカスじゃないか」と歌った。監督時代には「がんばれ長嶋ジャイアンツ」という歌もあった。こちらは作詞・寺山修司、作曲・小林亜星、歌は湯原昌幸だった。6月、風待月。ふと思い出した次第―。

(日刊スポーツ I / 2017年6月)

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