チエックインを終え、キーを受け取ると8階の、部屋に向かった。
暗闇を嫌って重いカーテンを開け、眼下の街をながめてみる。遠くに高架、ジオラマのように新幹線が速度を落とし、入線する姿が確認できた。
ある地方都市。新幹線が停車するくらいだから、一般には知られた、この県の中核ではある。
見おろす町並みを眺めて溜息が出た。
二筋、鉄路のような赤錆(さび)が真横に走る一方、図体ばかりでボロ箱のようなビルが、コンクリート壁に痣(あざ)のようなシミが浮かべて、うずくまっている。
気まぐれな台風の襲来直前とあって人影がまばらなのは理解できるが、それにしてもこの街は壊れかけているのではないか。平板な街並みに、人の住む色合いが感じられない。
地方都市の衰退はいくらでも見てきたが、それにしても、である。
ホテルでの夕食を終え、傘を差して街に出た。
「赤錆」はすぐに見つかった。アーケードの屋根が吹き飛び、支えてきた鉄骨がむき出しで老骨をさらしている。100メートルはあろうか、商店街に灯は朧で、わずかに光を放っているのは風俗系案内所で、男たちがたむろし客引きに目を光らせている。
「ヒマだよ、今…おいで」
怪しい日本語で、ミニ・スカートが声をかけてきた。
歩き続けると、まるで廃虚のセットのような映画館前に出くわした。ホテルから眺めた「ボロ箱」はこれであったか。入り口にプラスチックのビールケースが2列、垂直に積み上げられ、閉館からの、時間経過を告げているかようである。
行政の広報誌に目を通すと、どうやら市は、大正初期に建てられたこの建造物「ボロ箱」を市民生活の活動拠点として復活させたようで、つい最近、イベントも行ったらしい。
本当であろうか。疑いたくなるような荒廃ぶりである。まさか別の建物ではあるまいか。地図で確認したが、どう見てもここは「ボロ箱」所在地だろう。
縁もゆかりもない(とまでは言わないが)この中核都市を訪ねたのは、行政からの要請であった。地元の新鮮野菜、新たな取り組みを見てほしいという趣旨であった。スポーツ新聞の守備範囲ではなさそうだが、現代の農業従事者の素顔を見たくなって、このツアーに参加した。
いざ、現地を取材すると、肝心の地元ナビゲーターは行政丸投げのイベント会社で、最後まで市関係者は姿を見せなかった。呆れて、関係者に質(ただ)すと、「市議会の、開会が迫っているようで…」との返答であった。
なるほど、これでは街は死んでしまう。
(日刊スポーツ I / 2016年10月)
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