紅葉狩りへ出向くのであろうか、車内は思いのほか華やいでいる。3人席の通路側に座っていたら、老夫婦が遅れて席に着いた。妻は当然のように窓側に着席し、私の隣りには夫が座った。
発車のベルを確認すると2人は駅弁の包みを開いた。色とりどりの、大ぶりの幕の内弁当は妻で、詰め込まれた風の、茶色い味噌カツ弁当の蓋を取ったのは夫であった。
プシュッと音がして缶酎ハイのプルタブを引いたのが妻で、缶ビールのプルタブ周辺を万遍なくティッシュで清め、口に運んだのは夫であった。
会話もなく、黙々と箸を動かす。夫がビールを飲みほし、窓の景色がビルの谷間を抜けた頃、妻がやおら互いの弁当を取り換えた。無造作に味噌カツ弁当を取り上げ、自らの、食べかけの弁当を夫のテーブルに置いた。
見ると大ぶりの海老フライが1本、残されている。しげしげとながめ、それをつまみ上げた夫は嬉しそうに頬張った。半分残った缶酎ハイも添えられてあった。
「恋染紅葉(こいそめもみじ)」という言葉がある。11月の誕生色で、燃えるような赤を指すそうだ。山下景子著「美人の日本語」(幻冬舎)には「もみじ」とは「揉み出ず」が変化したもので、「夜の冷え込みが激しくて、日中の寒暖の差が大きければ大きいほどその紅は、美しく、鮮やかさを増す」そうだ。
こうも付け加えている。「きびしさを乗り越えて、しかもそれを肥やしにすることができる…そんな紅葉のあっぱれさが人の心を打つのでしょうね」
(日刊スポーツ I / 2017年11月)
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