新聞に乗らない内緒話

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コラム

紅葉と落語

 竜田川は、奈良県生駒市の生駒山(いこまやま)東麓を水源に南下、生駒郡斑鳩(いかるが)町で大和川に合流する。
 東日本の人間にはなじみのない川だが、百人一首に詠まれた紅葉の名所で、約2キロにわたる川畔は県立公園に指定され、時節は観光客であふれ返る。
 「千早(ちはや)ぶる 神代(かみよ)もきかず 龍田川(竜田川=たつたがわ) からくれなゐに 水くくるとは」(古今和歌集)
 これは六歌仙・三十六歌仙の一人、ご存じ在原業平の歌。「なじみのない」竜田川、と書いたが古典落語ファンには「千早振る」ですっかりおなじみ。5代目柳家小さんで聞いた記憶がある。
 あらすじを紹介しよう。
 日ごろ「先生」とあがめられる横丁の隠居、茶を飲んでいるところになじみの八五郎がやってきて「千早ぶる…」の歌の意味を尋ねる。知らないとは言えないご隠居、そこで珍解釈を披露することになる。「竜田川ってのはおまえ、相撲取りの名だ」。吉原の花魁(おいらん)千早にぞっこんだが、あっさり振られ、妹女郎の神代も言うことも聞かない。そこで世をはかなんだ竜田川、相撲をやめ故郷に戻り豆腐屋を始める。
 店も順調に大きくなったある日、店先に杖(つえ)にすがった、落ちぶれ女が立つて「三日三晩何も食べていません。オカラを恵んで下さい」と懇願する。ふと顔を見るとこれがなんと千早太夫の成れの果て。「お前のような者にやるオカラはない」と断ると井戸に身を投げ死んでしまう。
 「千早に振られたから〝千早ふる〟、神代も言うことを聞かないから〝神代も聞かず竜田川〟だ」。「後は?」、「オカラをくれと言ったがやらなかっただろ。だから〝からくれないに〟なるだろ」。「それは無いでしょ。まるで判じ物だ。〝水くぐる〟ってえのは?」、「井戸へ落っこって潜れば、水をくぐるじゃねえか」
 それでも八五郎「水くくるとはの、〝とは〟がわからねぇ」としっつこい。困り切った隠居「後でよ~く調べたら千早の本名だった」
 これがオチ。隠居の、口をとがらせた、小さんの口吻(こうふん)が伝わってくる。
 さて業平の歌。本来の意味は「はるか昔、数々の不思議なことが起こったという神代でさえも聞いたことがありません。川面一面に紅葉が散り浮いて流れ、この竜田川の水を鮮やかな唐紅(からくれない)の紅でくくり染めにしている」。ちなみに「千早ぶる」は勢いが激しいさまで、「神」または地名の「宇治」にかかる枕詞(まくらことば)。隠居が苦しんだ「水くくる」のくくるは絞り染めの技法のひとつ、「川の水を紅にしぼり染める」と解釈するそうだ。

 【石井秀一】

(日刊スポーツ I / 2023年11月)

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