新聞に乗らない内緒話

新聞に乗らない内緒話

コラム

社会人になった皆さんへ

 今年は「ゲゲゲの鬼太郎」の作者、水木しげる生誕百周年にあたる。すでに先月3月6日の誕生日に郷里鳥取では生誕祭が執り行われ、7月には明治座で舞台「ゲゲゲの鬼太郎」上演が予定されるなどその人気は衰えることを知らない。
 私は週刊少年マガジンからの付き合いで、当時のタイトルは「墓場の鬼太郎」であった。1960年から1964年にかけての貸本出版社時代(兎月書房、三洋社、佐藤プロ、東考社)は知らないが、どこかで復刻版を読んだような気がする。
 寺山修司の著書「馬敗れて草原あり」にこんなくだりがある。以下、再録してみる。

 水木しげるの「サラリーマン死神」では、一人の男が出世につぐ出世で部長にまでなるのだが、ある日突然背中が痛くなる。医者に行っても、原因がわからず、夜そっと家を抜け出して「易断」に見てもらいに行く。すると、易者はそれは「イタミ」ではなく「ネタミ」だというのである。ネタミは、その原因を取り除かねば去らないといわれて、彼は会社の役職を全部捨てて、平社員にもどる。ところが、平社員にもどった日から、猛烈な下痢が始まる。
 何による中毒か、医者に行って見てもらってもわからない。そこでもう一度、易者のところまで見てもらいに出かけると、易者は世にも奇怪な顔をしかめて、ああそれは「中毒」ではなくて「気の毒」だ、と教えてくれる。あんまり落ちぶれたので、自分で自分の「気の毒」にあたったというわけである。かわいそうに、サラリーマンはそのまま気の毒で死んでしまう。このマンガを支配している死神は、いわば他人志向の強い現代社会である。誰かが出世することは、他の誰かが出世しないということであり、幸と不幸とは、社会の中でシーソーゲームをくりかえしているというわけなのだ。

 ならば社会のシーソーゲームにかかわらなければ平安は保てそうだが、そんな生き方は現実的ではあるまい。そこで水木しげるの「幸福の七カ条」を掲げておきたい。
第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまでも自分の楽しさを追求すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 なまけ者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。
 4月、社会への門出を迎えた方も多いことでしょう。幸多かれ。

【石井秀一】

(日刊スポーツ I / 2022年4月)

★スポーツ、芸能情報は日刊スポーツで。ご購読申し込みはお近くの朝日新聞販売店、もしくは日刊スポーツ販売局フリーダイヤル 0120-81-4356まで