新聞に乗らない内緒話

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コラム

王さんの、年賀状辞退

 作家の出久根達郎さんは、「つねづね賀状というものは三回楽しめると考えている」そうだ。
 「一回目は、むろん、受け取った時である。二回目は、年賀はがきのお年玉抽せんの時。当選番号を調べる際である。そして三回目は、来年の年賀状を書く時だ。」(「随筆 最後の恋文」=三月書房刊)・
 12月。年賀状の季節になると毎年、ちょっぴり悔やむ。去年の年賀状に「今年をもって新年のご挨拶を終了いたします」の一行、宣言をしておけば良かったと思う。
 虚礼廃止などと声高(こわだか)に言うほどのことではない。定年退職から3年目、年賀状を出すのが少々おっくうになっただけなのだ。
 今年5月、角封書が届いた。差出人を確認すると、王貞治さん(現福岡ソフトバンクホークス会長)であった。関係各位、多方面に郵送されたうちの1通であろう。それはともかく、何事?と開いてみると「傘寿(さんじゅ)」を迎えたことのご報告。5月は王さんの誕生月、80歳のお祝いであった。
 サラリーマン時代、プロ野球担当として長らくお付き合いさせていただいた。野球とは縁が切れて数十年になるが、王さんへの年賀状は欠かしたことはない。もちろん王さんからも毎年頂戴している。定型印刷のそれではあったが余白に直筆のメッセージを必ず添えてくれた。まだ私のことを憶えていてくれたのだなと、嬉しかった。
 だから来年の、王さんへの年賀状は「おっくう」とは無縁のはずであったが、今回頂いた書状には続きがあった。「無礼をお許し頂」いた上で、これを機に、これまでの年賀状、御中元、御歳暮のやりとりは終了しましょうとの主旨であった。
 「エーッ」とショックではあったが、80歳は王さんにとってそういう区切りの年回りであったのだろう。傘寿の、お祝いの手紙でもと思ったが、それも余計な神経を使わせるかもしれない。ペンを持つのを諦めた。
 とあれ今年、年賀状の宛先のひとつを失った。
 そう、そうなのだ。「三回目の楽しみ」は、もう望めない。

 さて、近くの郵便局まで年賀状を買いにゆくとしよう。せいぜい30枚程度の買い物である。「おっくう、おっくう」と言いながら年末になつてバタバタと書き上げるのだろう、きっと。賀状のデザインは考えてある。文面は、高齢にめげず自らへの𠮟咤(しった)と警句―これだ、これしかない!
 「死ぬ気で 頑張れば 死ぬぞ」   (「おじさん図鑑」=なかむらるみ著)
 新年をお楽しみに。小生の年賀状をお待ちの、(数少ない)方々へ。

(日刊スポーツ I / 2020年12月)

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