新聞に乗らない内緒話

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コラム

日が暮れて 秋夕焼

定年退職後、行政の所管する独身寮で働いている。東西に伸びる建物は3、4階が私の受け持ちエリアで、1、2階は保育園になっている。
夕暮れ時になると三々五々、お母さんたちが幌付き電動自転車にまたがりやって来て、あたふたと子供たちを引き取ってゆく。それぞれ小洒落た服装に身を包んでいるのはやはり仕事帰りだからだろうし、夕食準備前の間隙を縫ってのお迎えである。若者夫婦の、共稼ぎが当たり前のご時世だが、お母さんたち、大変だなと思う。
そんな慌ただしい日常に突然、保育園脇の、防災無線が懐かしいメロディを流して午後5時を告げる。

夕焼け小焼けで/日が暮れて
山のお寺の/鐘がなる
お手々つないで/皆帰ろ
烏と一緒に/帰りましょう(中村雨紅・作詞 草川信・作曲)

全国の市町村では夕方のチャイムに童謡「夕焼け小焼け」、このメロディを多く採用している。作詞の中村雨紅は東京府南多摩郡恩方村(現東京都八王子市)に1897年(明30)2月6日、宮尾神社宮司の二男として生まれた。本名・高井宮吉。青山師範を卒業後教員となる一方、野口雨情に師事し童謡、詩を数多く残した。野口雨情の一字、雨をもらい「雨紅」と名乗った。
地元八王子市にはレクレーション施設「夕やけ小やけふれあいの里」があり、隣接する中村の生家をゆかりとしている。もちろん夕刻のチャイムは「夕焼け小焼け」なのだが、その放送時間が5時ジャスト(夏時間)ではなく5時1分であるという。
わざわざ1分ずらす理由を怪しんで市に問い合わせると「5時ちょうどに流すと近隣のチャイムと共鳴してしまい聞きづらくなってしまうのです。(放送)電波が干渉し合うことになりまして」との返事であった。毎日防災無線のテストも兼ねるだけにこの1分間の時差は災害時を想定して、肝要なのだという。
思いだした。中村雨紅の師匠、野口雨情に童謡「あの町この町」がある。

あの町この町 日が暮れる 日が暮れる/今きたこの道 かえりゃんせ かえりゃんせ
お家がだんだん 遠くなる 遠くなる/今きたこの道 かえりゃんせ かえりゃんせ
お空にゆうべの 星が出る 星が出る/今きたこの道 かえりゃんせ かえりゃんせ

太陽は光力を失い、残り火のように淡く、夜のとばりが降りてくる。モノトーンの空には月、星たち…夕焼けに追われ家路に着いたのはいつごろの記憶であったか。路地裏の、夕餉(ゆうげ)の香りが懐かしい。

もう一度呼ばれて帰る秋夕焼(二村典子)

(日刊スポーツ I / 2019年9月)

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