新聞に乗らない内緒話

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コラム

忘れかけていた日

娘の誕生日が近づいた。「娘」といっても20歳代半ばも過ぎ、はたしてその形容がふさわしいのかどうか。
大学には入ったが、つまらぬと言って中退。海外での2年間は半分勉強、残り半分は放浪?を経て帰国。家を出、独立したから取りあえず1人前、のはずである。今年の、私の誕生日にポロシャツを買ってくれたから、なにか負い目で、返礼をせねばなるまい。さて何がふさわしいのか、何を欲しがるのか、これがサッパリ思い当たらない。
こんな時の、親の心境を作家・青木玉(幸田露伴の孫。幸田文の一人娘であることはご存じと思うが)はこう書いている。
「自分の子育てが終わると、親はおもちゃの流行を忘れ、何歳の子は何に興味を持つか、てんで見当が悪くなる。以前、自信を持って子供の欲しいものをぴたりと選んだ時があったなあと郷愁に似た思いで眺めていた」(「上り坂下り坂」講談社刊)
なるほど、そういうことかと合点がいった。
とはいえ、誕生日は日増しに近づいてくる。さて、去年は何を贈ったか、記憶をたどったが思い出せない。
思い余ってメールを送ってみた。
「誕生日、何か欲しいものはないか?」
ホテル勤務の、夜勤明けの「娘」からは「今、起きたところ。ボンヤリしてるので、後にして」と素っ気ない。
いくら待っても返信はない。
親が「何歳の子は何に興味を持つか、てんで見当が悪くなる」ように、子供も「いつまでも誕生日でもあるまい」というのが本音であろう。恋人、良人(りょうじん)からの申し出ならば目を輝かせるのかも知れないが。
数日後、忘れた頃にメールが届いた。
「みんなで食事でもしよう。久しぶりだね」
そういうことか。
誕生日とは、物のやりとりの日ではなく、忘れかけていた家族をもう一度、自覚する日なのかも知れない。
年を取ると、子に教えられることが多くなる。
世の習いとはいえ、ちょいと口惜しい。 (日刊スポーツ I)

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