新聞に乗らない内緒話

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コラム

カミサン恐るべし

 わが家には猫が4匹いる。
 3匹は我々夫婦、もう1匹は2階に住む娘夫婦が飼っている。いずれも保護猫で、活動に熱心なカミサンが〝里親〟の見つからなかった子を引き取った。
 先日、娘夫婦の茶トラが飛び出した。孫たちの、出がけの隙を突いたようで、玄関から家を一周し、塀を飛び越えた。
 家猫で、これまで外へは一歩も出たことがない。慌てて周辺をくまなく捜索したが、もちろん見つからない。都会の、住宅密集地で潜みそうな場所はいくらでもあり、近くには大きな公園、鉄路、頻繁ではないが車の行き交う道路もある。脱走に、娘婿の落ち込みぶりはとりわけであった。猫を飼うのが夢、とは以前から話していたから気がかりであったが、案の定の憔悴ぶりである。
 「困ったわねェ」とカミサンは困惑したが、そこは長年保護猫活動にいそしんだ身、対応は早かった。まず知り合いのメンバーへ画像、特徴などを送信、迷子猫のポスター作製を依頼した。
 しばらくすると屋外掲示用の、ビニールでコーティングされたカラー版ポスターが3部、加えて手配り用のポスター30枚が届いた。これをコンビニへ持ち込みコピーで増量、家族総出で近隣に配布。電柱、塀に貼りだす一方、保護猫メンバーへ一斉送信、動員を掛けた。
 さらに捕獲器のひとつはわが家の玄関前(3器ほど常備されている)、裏手の家にも設置させてもらうべき交渉、了解を得た。とにかくカミサンの、手際がよろしい。
 私もポスターを携え近所をまわったが、カミサンの名前を出すと「あぁ、いつもお世話になってます」と話が早い。かなり遠方まで出向いたがそれでも対応は変わらない。猫人脈、恐るべし。日頃から、猫といえばどこでもすっ飛んでゆくし深夜まで戻らない。カンパを募り、避妊・去勢活動で動物病院、獣医師とはツーカーの強者である。
 翌朝午前6時半ころ、早くも動きが出た。捕獲器を置いた裏家から「猫は入っていないけど、フタが落ちている」と一報。カミサンは跳び起きて現地に急行。収穫は無かったが、ついでに覗いたアパートの住人が「鳴き声がする。でもウチに出入りする地域猫かも」と言う。だが、聞き耳を立てると日頃聞くその地域猫の鳴き声とは少々異なるようだ。
 さっそく自宅へ戻り、わが家の猫2匹を小脇に抱え再び現地へ。鳴かせて反応を見ると返事がある。逃げ出した茶トラのようである。物置の下から聞こえる。寝ぼけ眼の娘婿をたたき起こし、チュール(猫用の人気餌)を持たせ這いつくばらせるとアーラ不思議、茶トラがごそごそと顔を出した。
 かくして猫騒動は落着した。「たいしたモンだ」と持ち上げたら「保護活動をしている家から脱走だなんてみっともない」とカミサンは笑った。

 【石井秀一】

(日刊スポーツ I / 2023年5月)

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