店舗兼住宅、古びた2階建て3軒棟続き。ラーメン屋と不動産屋に挟まれた、まん中の店のシャッターに、小さな張り紙が出たのは9月の中ごろであったか。
【閉店のお知らせ】と、パソコン文字で挨拶がある。テープ貼りの、それは台風の強風にあおられたか、今にも剥がれそうだ。
平成28年9月
店主
東京は城南、各駅停車しか止まらない、私鉄の小さな駅から続く商店街の中ほどに蒲鉾屋はあった。奥で黙々と働くご主人と、店頭でいつも三角巾を被った、老夫婦2人だけの構えである。
大型スーパーが駅前にあるが、混み合うレジを嫌う年寄りには、この店は文字通りマンツーマンの対応で、店先の日だまりでは小銭のやりとりの間、小さな世間話に花が咲いた。
店頭に冷蔵ショーケース、台上にホーロー引きの皿、数枚。扱うものは、やさい揚げ2個130円、いか巻80円、げぞ巻80円、ごぼう巻80円。いわしだんご220円、いわしつみれ220円、がんも170円、焼きちくわ170円、はんぺん170円。ビニール袋に詰められた、おでん680円(2人分。1人分は350円)などなど。
おすすめは揚げたての紅生姜天、2個130円。
変調が見られたのは昨年夏ごろであったろうか。揚げ過ぎの紅生姜天であったり、すり身の味が落ちて首をかしげていたら、店は突然、休業した。しばらくして再開したが、どうも何かが違う。
今、【閉店のお知らせ】を読んで納得がいった。34年間、ご苦労さまでした。開店は昭和57年頃だったのですね。「楽しい商売人生」だったのならば何よりです。
おでんの季節を待たずして、小さな店はその歴史を閉じた。
(日刊スポーツ I / 2016年11月)
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