新聞に乗らない内緒話

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コラム

続「定年、職探し」

定年退社、職を求めてシルバー人材センターに登録したことは前回書いた。この日は希望者による「清掃実習」である。センターの求人は早朝3時間ほどの「マンション清掃、ゴミ出し」などが主流で、よってそのノウハウ(雑巾の絞り方、モップの扱いなど)は、知っていて損はない。

当初、参加を申し入れたら、清掃のノウハウをまとめた30ページほどの冊子、実習会場「センター分室」への地図が送られてきた。
見れば自宅から自転車で15分ほどの距離である。土地勘はある。目印はコンビニとあるが、いざ向かってみると表記とは異なる、別チエーン店が建っている。単純な記載ミスであろうが、高齢者は戸惑い、立ち往生する。いらぬ不安をかき立てられる。

番地を頼りに着いた「センター分室」は、なんとH小学校であった。平日に子供たちもいるだろうにと首を傾げたが、校門前に立って納得した。校名を示すプレートがない。代わりに立て看板があり「この施設は有料です」の文字。小学校は13年前に統合され〝廃校〟になっていた。友人の母校でもあったから知らない場所ではないが統廃合されたことは初めて知った。「少子高齢化」とはいうが、東京南部の下町、それも住居の密集するここですら「少子」なのであろうか。旧校舎は行政の集会室、有料運動場・体育館、障害者生活支援施設として活用されている。

「高齢化」の私はここで新たな職を求め、訓練を受ける。
〝校内〟は昔のまま、招き入れられた清掃実習会場はもちろん〝教室〟である。壁の額縁には子供たちが通っていた頃のものであろう、運動会の「表彰状」、学校の来歴などが架けられ、張り出されている。窓際には鉄骨X状の、太い筋交いが校庭の景色、差し込む陽射しを遮って室内は薄暗い。耐震補強を終えた立派な〝教室〟だが子供たちはこんな圧迫感の中で授業を受けていたのだろうか。
とあれ実習は有意義であった。長年清掃作業会社で働いたという〝プロ〟、70歳代と思われる講師の指導は適切で、モップの握り方、掃き方、モップ絞り器の使い方、洗剤の扱いなど全般に及び、階段のモップ掃きにいたってはムダが無く、その動きは美しく、見とれるほどであった。何事も、突き詰めればそれが道となる、ということであろう。

さて、こんな経過をたどり、私の再就職はかなえられた。5月も、下旬のことである。
新たな職場は独身寮(住人は男性ばかりだが)の管理人。週3~4回、14時から18時の勤務で例えば宅配便の受け取り、寮内清掃、住人達への連絡事項伝達などが主な仕事である。当年とって73歳という同僚、人生の「先輩」と交替で働くことになった。「寮の、メインの鍵はこれです」。何ら変哲のない、軽金属の鍵だが、手渡されてみるとサラリーマン生活40余年とは異なる、〝重み〟を感じるのである。

(日刊スポーツ I / 2018年7月)

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