新聞に乗らない内緒話

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コラム

「日にち薬」

 東京は7月、お盆の季節となる。
 13日に迎え火を焚き、16日に送る。
 子どもの頃、自宅近くに小さな診療所があった。変わった先生で、薬をくれないことで有名だった。例えば夏風邪で駆け込むと、ひと通り診察はするが「では家に帰ってウドンでも食べて、布団にくるまっていなさい」で追い返された。
 「薬は?」と尋ねると「発熱しているということは、体が風邪と闘っている証拠だ。温めて養生しなさい」でお終いであった。
 その診療所の息子が、私の「竹馬の友」(死語であろうか。濃密な、幼なじみである)であった。男3人、女3人兄弟姉妹の長男だったが、この一家の子供たちは真冬でも半ズボン、半袖シャツで野原を駆け回っていた。
 医師である父親の方針で「子どもは風の子」なのである。
 優秀な男だった。高校を卒業後、父親の職業を継ぐべく医学部を受験した。さらさらと解答、時間が余ったので答案用紙の裏側に狼の絵を書いて(すこぶるうまかった)、試験官から注意をされるというエピソードを残した。
 もちろん受験は合格であったが「あんな貧乏診療所の、台所事情ぐらい俺だって理解している」と入学を辞退、受験はあくまで父親への義理立てであったようだ。
 そのうちオートバイに跨って京都へ出向き、住みついてしまった(私も後を追い、1年近く居候した)。その後曲折を経て、北海道の商船会社令嬢と挙式。都内一流ホテルで行われた式の、司会は私が務めた。しかししばらくして離婚、喉頭がんを患っていたからそれが原因かもしれない。
 運良く生き延びた。再婚して近県に住居を構え、子どもも出来たが、今度は難病を発症、さらに肺がんが見つかって数年前亡くなっている。可愛がった長男は今春のセンバツで甲子園へ行っている。
 今年が七回忌、と知らせが届いた。友人と「そう言えばあいつのオヤジ、薬くれなかったな」と昔話に花が咲いた。
 「日にち薬」という言葉がある。主に関西で使われているらしく、東京っ子には馴染みがない。
 どんな悲しみや苦しみでも月日を経ることによって、悲しみを乗り越える力を与えてくれる、そんな意味で使われるらしい。
 なるほど「月日は百代の過客」で、彼の死からずいぶん時間が経った。「日にち薬」のお陰で、七回忌は明るく、穏やかな会合となった。
 もうすぐお盆、彼も帰ってくるのだろう。

(日刊スポーツ I / 2017年7月)

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