新聞に乗らない内緒話

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コラム

200円の、ケーキ

 ひょんなことから、スイーツ連載「甘党男子」(毎月第3土曜日=家庭配達版掲載)を抱えることになった。4月から1年間の予定である。

 ヒキノトオル氏という、年間1000種のスイーツを食べる猛者(もさ)と偶然知り合い、この〝業界〟の最新情報を提供したら、読者の皆さんに喜んでいただけるのではと紙面企画に提案したら、あっさり採用されてしまった。
 根っからの飲み助で、物心ついた頃から? 酒ばかりたしなんできた。俗に「左党」と呼ばれる人種だが、甘いモノに縁がないわけでもない。疲れたときには欲しくなるし、あんぱんなら銀座・木村屋總本店、向島長命寺の桜餅、日本橋うさぎやのどら焼きなど、それこそ目を細めていただくことになる。

 というわけで、ヒキノ氏に連れられ、都内のスイーツ名店を巡り歩くこととなった。詳細は紙面で読んでいただきたいのだが、なるほど究極のそれらは甘露、芳醇、滋味、珍味―パティシエの技を舌で確認することになった。
 もっとも某一流ホテルの、1ピース(個)3000円のイチゴ・ショートケーキを見たときには絶句した。その素材、手間を考えれば相応なのであろうが、それにしても、である。
 わが家の近くに「M」という古びた、小さなケーキ屋がある。住宅街の一角、佇んでいる。惣菜パンなども手掛ける、どこにでもある店で、腰の曲がった老夫婦が住居兼店舗兼仕事場を構え、細々と商いを続けている。

 そこの、イチゴ・ショートケーキは1ピース200円である。
 5月8日は、「母の日」であった。
 偶然、その店の前を通ったこともあり、家人にケーキを買う気になった。200円のケーキは飛ぶように売れたようである。私がショーケース前に立った時、残りはわずか4個であった。
 「商売繁盛ですね」と声をかけたら、「小さなお子さんたちが100玉を握り締め、何人も買いに来てくれました。こんなケーキでも、もらったお母さんはさぞうれしいことでしょう」と、女主人が小さく笑った。

 ケーキはもちろん化粧箱ではなく、紙袋の底を広げて2個、そっと入れてくれた。
 「崩れないよう、注意して持ち帰ってください。すぐに食べないようでしたら、冷蔵庫へ…御願いしますね」
 6月19日は、「父の日」である。
 小さなケーキ屋は再び、子供たちで賑わうのだろうか。
(日刊スポーツ I / 2016年6月)

◆甘党男子 http://www.ama-dan.com/

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