新聞に乗らない内緒話

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コラム

赤い華なら

 目前は黄緑の海、稲穂が風に揺らいでいる。2日後にも、台風が最接近するというのに田んぼには人影がない。刈り取らねばとは、と思ったところで僻地の、手も届かないのであろうか。
 列車は9分間の停車である。単線、上下線行き違いのため、とアナウンスがあった。無人駅ではないが、田んぼ同様、こちらの駅舎にも人影は見当たらない。
 ホームに降りて大きく背を伸ばす。後方を見渡すと車掌もやはり、一息入れるようである。
 傍らに、背の低い、濃緑の葉が広がっている。「あれは?」手持ちぶさたな車掌に歩み寄って指さし、尋ねると「大豆ですね。豊作だ」。そうか、これが大豆であったか。まめまめしい姿しかしらない都会人には新鮮な発見である。
 ふと視線を落とすと畔(あぜ)に数輪、細い、真っ赤な幾筋が確認できた。これなら知っている。
 「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」―
 赤い花なら曼珠沙華 阿蘭陀(オランダ)屋敷に雨が降る―そう歌ったのは二葉百合子「長崎物語」であった。〝しゃがたらお春〟の伝説であったらしい。異人との間に生まれた子、それだけの理由でジャガタラ(ジャカルタ)へ国外追放された、その人の望郷である。
 山口百恵は、「まんじゅしゃか」と歌っていた。
 一般には「彼岸花」。それはともかく異称「死人花(しびとばな)」「地獄花(じごくばな)」「幽霊花(ゆうれいばな)」「剃刀花(かみそりばな)」「狐花(きつねばな)」「捨子花(すてごばな)」はあんまりであろう。
 鮮血を思わせるその強烈な色合い、毒性(誤飲すると吐き気、下痢をもよおし、最悪中枢神経マヒも引きおこす)からであろうか。
 畔に植えられるには理由がある。
 地下にはびこる根茎は田んぼの畔を強化、毒性ゆえモグラやネズミの侵入を防いだ。かつて土葬が一般的であった頃、墓が動物に掘り起こされぬよう、植えられもした。
 その球根は食料が尽き、草や木の皮や、さらには土壁の藁までも食べ尽くし、最後の最後の非常食として備えられたとの記述も見受ける(毒性を除く方法があったようだ)。ならばむやみに手を出さぬよう保存、警告の意味を込めて、おどろおどろしい異称も必要であったのかも知れぬ。
 「もう少ししますとね、畔に沿って一直線に花が咲きます。それは美しいものです」
 車掌はそうつぶやいて、発車の笛を吹いた。

(日刊スポーツ I / 2017年10月)

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