新聞に乗らない内緒話

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コラム

パチンコ玉と、コマ

 パチンコ屋で時間を潰す。今日もツキがない。またやられた。帰ろうと思って、ふと視線を落としたら、パチンコ玉が1粒、床に転がっている。
 今さらこの1粒が起死回生となるわけもあるまい。「年寄りが、足でも滑らせたらかわいそうだ」と思って、拾い上げた。
 これがきっかけとなる。

 彼は城南の、小さな町工場の職人だった。ポケットに放り込んだまま持ち帰ったパチンコ玉を暇つぶしに細工してみた。形を整え、子供時分のベーゴマの要領で、心棒には居酒屋で拝借した楊枝を差し込み、コマを作ったのである。
 パチンコ玉(遊技球)の構造には規格がある。直径11ミリの玉を用いること。遊技球には、5・4グラム以下5・7グラム以下の質量の玉を用いること。材質は、鋼製であること、均一の材質を使用することなどである。
 例えば「コマ大戦」という大会をご存じか。そのホームページには、こうある。
 「全国の中小製造業が自社の誇りを賭けて作成したコマを持ち寄り、一対一で戦う大会です。コマ大戦公式戦にて使用されるケンカゴマは直径20ミリ以下、全長60ミリ以内。直径は一円玉より小さいコマです」
 材質・重さ・形など一切問わない。ルールは、相手のコマよりも長く回り続けた方が勝ち。土俵の外に出たら負け、2連勝した時点で試合終了。勝者は敗者のコマをもらえる。
 直径25センチの「土俵」が戦いの場となる。
 大の男たちが、手のひらのコマを持ち寄り火花を散らす。それは単なる遊びではない。

 ホームページは高らかに語る。
 「自社製品を持たず、下請けとして日本を支えてきた製造業者は技術と設備を持っていても、自社製品を創る機会がありませんでした。コマという自社の看板を背負った製品を本気で作成することがモチベーションの向上に繋がり、またその成果がコマ大戦を通じて多くの人の目に留まることで、一人でも多くの方が製造業に興味を持って貰えれば嬉しい限りです」
 究極の目的は「元気が無い、製造業を元気にしたい」、その一念なのである。
 彼は、ある大会に「パチンコ玉コマ」を手に参加した。
 各社が工夫、研究を重ねて作り上げたコマが集結した。千差万別のそれらに、勝利への執念がこもっている。爪楊枝を心棒にした「パチンコ玉コマ」は、もちろん負けた。

 しかし、大会関係者はこのコマに特別賞「アイデア賞」を与えた。
 常識では考えられぬ、その無謀な? 挑戦こそが「元気が無い」業界再生につながると判断したのではあるまいか。勝利第一主義ばかりがまかり通っては、息苦しい。

(日刊スポーツ I / 2016年7月)

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