新聞に乗らない内緒話

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コラム

「警察犬」と呼ばれた女

 

「アタシ、警察犬って呼ばれているんだ」

 思わず耳を澄ました。帰宅途中の、電車の中である。振り向くと30代半ばの女性。年下と思われる、女友達と話し込んでいる。
 「犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ」「犬馬の労(ろう)」(他人のために一生懸命になって全力を尽くすこと)、時に「飼い犬に手を噛まれる」ことも無いわけではないが、犬といえば身近な、忠実な〝友人〟のイメージである。それが「警察犬」とは尋常ではない。「会社の犬」ともなればなおさらである。

 警察犬と聞いて、1冊の本を思い出した。
「警察犬になったアンズ 命を救われたトイプードルの物語」(鈴木博房著、岩崎書店)。〝かわいすぎる〟と、ずいぶん話題になったからご記憶もあろう。
 2013年3月、茨城県の動物指導センターに1匹のトイプードルが持ち込まれた。飼い主は「もういりません。飼い主である自分がいらないと言っているのだからどうしようと勝手だろう」と取り付く島もない。
このままなら殺処分、である。
 この光景に直面した、著者の鈴木さんは思わず手を挙げた。「だったらその犬、譲ってください」。10頭のシェパードを警察犬に育て上げ、この道30年のベテラン警察犬指導士に出会えたことが、その犬の運命を大きく変えることになる。
 アンズと命名された犬は曲折を経て嘱託警察犬へと成長してゆく。
小型犬のトイプードルが警察犬になるなど前代未聞だが、虐待からの立ち直り、〝同僚〟シェパードとのふれあい、そして鈴木さんとの交流。文脈はその経緯を丁寧にたどり、読み応えのあるノンフィクションに仕上がった。
 人間に見捨てられた犬が、今度は人間を救う立場となる。
 さて冒頭の、くだんの女性である。
 「アタシ、嗅覚がすごいのよ。帰宅したダンナの服を嗅ぐだけで、昼時に何を食べたかわかっちゃうのよ。この前もナポリタンを的中。まるで警察犬だって笑われた」
 そうでしたか。それは早とちり、取り越し苦労、余計な心配でした。
 1月―寒さが一段と厳しくなる今日このごろ。風邪など召されぬよう。嗅覚もままならぬ。
きびきびと 万物寒に 入りにけり   (富安風生)
良いお年となりますよう。今年も宜しくお願い申し上げます。

(日刊スポーツ I / 2018年1月)

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