新聞に乗らない内緒話

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コラム

「ひとりぽっち」の、役得

外へ出たついでにパンをひとつ、買った。
近場の公園を探した。ベンチで一息入れたいのである。
昼時はとっくに過ぎた、午後の日だまりである。陽は射すようで、夏の気配すら感じられ、思わず腕まくりもしたくなる。
パンの封を切って取り出そうとしたら、足元でうごめくものがある。
公園に居着いたハト、一羽がいる。

せわしくなく、左右に小首を傾げ、クックッと騒がしい。見上げる、小粒な目と視線があった。
「何用か? 群れから外れたか」と思って気が付いた。彼(彼女)の用事は私ではなく、私の手許にあるパンである。
小さくちぎって放り投げてから再び気が付いた。餌をもらえると知った仲間が駆け付けて来るはずだ。周辺がにわかに騒がしくなるのが通例であった。
「ハトに餌をあげないで下さい」― 公園入口にあった、立て看板を思いだした。

気まぐれに投げたパンの欠片(かけら)を、ハトとスズメが奪い合う。体の大きいハトはスズメをはね飛ばし餌にありつく。スズメはスズメでその小体を利して、ハトのクチバシの先端、欠片をかすめ取る。そんな風景に見慣れてきた。

しかし、この日は違うようだ。

いつまでたっても欠片を待っているのは彼(彼女)ひとり、だれもやってはこない。私が放り投げた欠片は全て、彼(彼女)のものになった。

「…ひとりぽっちか」

なるほど。時としてこんな幸運にも巡り会うのであろうか。ならば「ひとりぽっち」も悪くはない。
パンを大きくちぎって投げてやった。大きすぎたかクチバシに持て余し、むせ返って、ハトはバタついた。

沈黙の池に亀一つ浮き上る  (尾崎放哉)

昼時はとっくに過ぎた、午後の日だまりである。
薫風に乗った、子供たちの歓声が遠く近く、寄せてくる。

(日刊スポーツ I / 2018年5月)

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