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スポーツ内緒話

この冬の、オーバー

 寒い日が続く。今年は例年になく寒い、そんな気がしている。

 恰好をつけるわけではないが、この季節、いつも厚手の上着にマフラーだけで過ごしてきた。首回りさえ暖めれば、たいがいの寒さはしのげるはずである。痩せ我慢も半分だが、あのオーバーやコートの、一皮かむったような感触、重量が気に入らぬ。

 マフラーだけは8種類ほどあり、その日の気分で取り換え楽しんできた。これが私の冬だった。

 今年は厚手のオーバーを着て出勤している。

 ブランドものの、高価なそれで、なるほど着込んでみるとマフラーとは比べものにならぬほど暖かい。厚手だが、生地もしっとりして、襟を立てて気取ってみると馬子にも衣装か、ずいぶん高級な大人になったようで、不思議である。何よりも重量を感じさせぬ。高級品とはこういうものであろうか。

 もちろん、買ったものではない。昨年暮れ、ある方から電話を頂戴した。

 「主人が亡くなって、この土地を引き払うことにしました。夫の、形見分けをしたいので、お訪ね願いたい」

 と、いうことだった。

 親交のあったKさんは、私にとって兄貴分といった存在で、俠気の人で、斗酒なお辞さず(つまり大酒飲みで)の人で、豪放磊落(らいらく)で、“江戸の人”であった。

いつもりゅうとした身なりで、品の良いネクタイを締め、ワイシャツの下には、浮世絵然とした、水滸伝の彫りものが覗いた。その筋の関係者ではなく、江戸文化を継承する、傀儡(くぐつ)師(伝道者)といった風情で、東京の三大祭りではちっとは知られた存在だった。

 以前、彫物師の原稿(本)を書いたとき、関係者を紹介してくれた。その計らいがあったからこそ常人では踏み込めぬ世界を描くことができた。そして、Kさんは一昨年、がんで亡くなった。だから訃報を聞いた時、私は自著を持って、棺に入れてもらった。

 下町の、引っ越し準備も終えた小さなマンションの一室で、着物一式を頂戴した。あつらえた日本橋の老舗呉服屋の商標が眩しかった。体に当てるとぴたりと寸法が合った。

 「ならば、これも」と、引き出してきたのがくだんのオーバーであった。

 三面鏡の前に立たされ、そっと袖を通してみせると、夫人は

「まぁ、あの人が生き返ったみたい」

と、泣いた。

だから、この冬はオーバーを着ている。

何かに守られているような気がしている。 (日刊スポーツ I)

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